空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

読書録:『宇宙と宇宙をつなぐ数学:IUT理論の衝撃』

概要

今でも 2017 年当時リアルタイムで視聴したときのことを思い出せます。あれからもう四年も経ったわけですが、個人的にはまだ四年しか経っていないのかという感じがします。

本書は 2019 年に出版されたものですが、私は二年も遅れて読むことになりました。最近グロタンディーク全訳計画を立ち上げて代数幾何学への興味を取り戻し、昨日たまたま望月先生の初期の(もちろん IUT が完成する前の)論文を読んで「めちゃめちゃわかりやすいやん!」と感動したので手に取ったわけです。

note.com

一番よくまとまっていると思ったのは(当たり前ではありますが)p. 43 の次の箇所です。

テータリンクは、かけ算系のモノイドと、抽象的な群としての局所的なガロア群だけで構成し、その「モノイド+群」というデータから「たし算」を《復元》すること、つまり、復元しようとしたとき、どのくらいのひずみが発生するかを計算することが、理論のポイントです。

簡単な補足ができるものとして:

  • p. 67: 数学は体力といえば、やはり次の名文は必読です。nc.math.tsukuba.ac.jp
  • p. 137: $1$ が素数でないことを私は too simple to be simple という標語で納得しています。www.all-for-nothing.com
  • p. 141: $\operatorname{rad}(\pm1)=1$ は空積が $1$ だからでしょう。

ちなみに誰も指摘している人がいないような気がするので一応述べておくと、望月先生の「刊行によせて」に書かれている

足し算と掛け算は、分離して「環」の構造を解体する前の時点においては非常に「固い」(=ある数学的な文脈においては有名な表現を用いると、「尋常ならざる剛性」のある)関係にあり……

のカッコ内は Grothendieck が Faltings に宛てた手紙の中にある次の表現に由来します。

However, in the framework of absolute alg. geometry (namely over “absolute” fields), the homotopy class of a map already determines it. The reason for this seems to me to lie in the extraordinary rigidity of the full fundamental group, which in turn springs from the fact that the (outer) action of the “arithmetic part” of this group, namely $\pi_1(K) = \operatorname{Gal}(K/L)$, is extraordinarily strong (which is also reflected in particular in the Weil–Deligne statements).

あと、これは本当にどうでもいいことなんですけど、p. 64 の「小学校の算数レベルの層」とかを faisceau と読まないように意識的な努力をする必要がありました。ちなみに faisceau が「層」と訳されるのは、上野代数幾何の p. 81 によると次のような事情らしいです。

位相空間 $X$ 上の層に付随する層空間が位相空間 $X$ 上に地層のように層をなしていることと、層のフランス語 faisceau の発音のソーの部分を取り出して、秋月康夫によって faisceau の日本語訳「層」が作られた。

無限降下法

p. 114 に $x ^ 2 + y ^ 2 = 3$ が有理点をもたないことの証明があるのですが、たぶん「ただし、$p$, $q$, $r$ のうちのどれか一つは $3$ で割り切れないとしていいです」が割とテクニカルで、

なぜなら、どれも $3$ で割り切れるなら、分数 $\dfrac{p}{r}$, $\dfrac{q}{r}$ を約分していって、いつでも $p$, $q$, $r$ のうちのどれか一つは $3$ で割り切れないようにできるからです。

という理由には「なぜ約分の操作が有限回で止まるのか?(無限に続いて終わりがなかったらどうするのか?)」という論理のギャップがあります。これを埋めることは簡単なのですが、それは本質的に次のような無限降下法を使う証明と変わりません。

証明. $x^2+y^2=3$ が有理点をもつとして矛盾を導くことで、背理法によって、$x^2+y^2=3$ が有理点をもたないことを示します。$x^2+y^2=3$ が有理点をもつなら、$(p/r)^2+(q/r)^2=3$ つまり $p^2+q^2=3r^2$ を満たす自然数 $p$, $q$, $r$ が存在することになります。〔中略〕$3p_1^2+3q_1^2=r^2$ となります。このような自然数 $p$ より小さな自然数 $p_1=p/3$ を作る操作は任意の回数だけ繰り返すことができますが、あまりにも多く操作しすぎると「$0$ より大きく $1$ より小さい自然数」という存在しないはずの数が作れてしまいます。よって、矛盾となりましたので、背理法により、$x^2+y^2=3$ は有理点をもたないことが示されました。

途中で省略した部分は $\bmod 3$ で見ることで得られる、まさに pp. 284–285 に説明されているように「局所的」な情報を用いています。その結果として「どこにもそんな数はなかった」という「大域的」な情報が得られるという流れが、こういう初歩的な例からもちゃんと実感できます。またもや上野代数幾何の pp. v–vi から引用:

代数幾何学の対象は絶対的なものだけでなく相対的なものを考えるべきであるという彼〔Grothendieck〕の主張は……今日ではきわめて自然なものであるということができる。相対的に考えるということは、一番簡単な例でいえば、整数係数の多項式 $f(x_1,x_2,\dots,x_n)=0$ の共通零点を考えるのに、単に有理数の解や、実数の解、あるいは複素数の解のみを考えるのではなく、この方程式を素数 $p$ で還元して、すなわち係数を素数 $p$ を法として考え有限体の元を係数に持つ多項式と考えて解を考察する……ことを意味する。

解の公式

第 4 章「たし算とかけ算」では色々な例を援用して「たし算とかけ算の関係は非常に難しい」ということが語られており、pp. 262–264 では Galois 群から方程式の解き方を復元するという(古典的)Galois 理論に触れられていますが、これらの話が両方とも関わっていることに気付ける例として、義務教育でも二次まで必ず勉強する解の公式があります。導出 1 のアイデアは望月研の星先生が仰っていたものですが、あまり一般的には知られていないようなので書いてしまいます。以下では $a\neq 0$ とします。

一次方程式 $ax + b = 0$ はたし算だけなので超簡単で、解の公式は $x=-b/a$ です。たし算とかけ算が入り組んだ二次方程式 $ax ^ 2+bx+c=0$ はちょっと大変ですが、全国の中学校で必ず学ぶように $x=(-b\pm\sqrt{b ^ 2-4ac})/2a$ です。では、どうやってこの公式が得られるのでしょうか?

導出 1:平方完成

一般的な中学校の教科書では

$$ax ^ 2 + bx + c = a\left(x + \frac{b}{2a}\right) ^ 2 - \frac{b ^ 2-4ac}{4a}$$

というテクニック「平方完成」を使って導出します。これが $0$ となるような $x$ が求めたかったものなので、

$$\left(x + \frac{b}{2a}\right) ^ 2 = \frac{b ^ 2-4ac}{4a ^ 2}$$

というかけ算だけの関係が得られ、両辺の平方根を取ることで

$$x + \frac{b}{2a} = \pm\frac{\sqrt{b ^ 2-4ac}}{2a}$$

というたし算だけの関係が得られ、既知の一次方程式の場合に帰着されます。

つまり、平方完成という変形はたし算とかけ算が入り組んだ関係をかけ算だけの関係にする操作で、平方根を取るという操作はかけ算だけの関係を、移項という操作はたし算だけの関係を簡単にする操作だということです。

導出 2:対称性

$ax ^ 2+bx+c=0$ が異なる二解 $\alpha$, $\beta$ を持つと仮定します。このとき $ax ^ 2 +bx+c=a(x-\alpha)(x-\beta)=ax ^ 2 - a(\alpha+\beta)x +a\alpha\beta$ が恒等的に成り立つので係数を比較して解と係数の関係 $$\begin{cases}\alpha+\beta=-\dfrac{b}{a},\\ \alpha\beta=\dfrac{c}{a}\end{cases}$$ が得られます。

ここで操作「$\alpha$ と $\beta$ を入れ替える」を考えると、係数 $a$, $b$, $c$ は操作に対し不変ですが、求めたい解 $\alpha$, $\beta$ は操作に対し不変でないことがわかります。しかし、残念ながら四則演算ではこの対称性は崩せそうにありません。どうやってこの対称性を崩せばよいのでしょうか?

いま $\alpha+\beta$ の値はわかっており、これは操作に対し不変でした。もし $\alpha-\beta$ の値がわかれば、たし算によって $\alpha$ と $\beta$ の値がわかりますが、これは操作に対し不変ではありません。しかし $(\alpha-\beta) ^ 2$ は不変であり、$$(\alpha-\beta) ^ 2=(\alpha+\beta) ^ 2-4\alpha\beta=\frac{b ^ 2-4ac}{a ^ 2}$$ と計算できます! したがって両辺の平方根を取って対称性を崩すことにより解の公式が得られるというわけです。この対称性を教えてくれる Galois 群を使って解き方を復元するのが古典的 Galois 理論であり、特に五次以上の代数方程式の Galois 群が教えてくれる情報によると代数的なものにはなれないことがわかります。

ちなみに、このような実数 $\alpha-\beta$ が存在する条件は($a\neq 0$ より $a ^ 2>0$ であることに注意すると)$b ^ 2-4ac\geqq0$ に他ならないので、$D\coloneqq b ^ 2-4ac=a ^ 2(\alpha-\beta) ^ 2$ をこの方程式の判別式と呼びます。一般に $n$ 次方程式の判別式を定義するときは三番目の辺のような感じにします。

感想

望月先生が凄いのは言うまでもないにせよ、やっぱり Grothendieck ってめちゃめちゃ凄くないですか? 遠アーベル幾何学が一体どういう話なのかこの本を期に改めて復習できたので良かったです。

あと、なんでみんな「複素構造は固いよね〜」って言うのかわからなかったんですけど、p. 119 を読んでようやく理解できました。一蓮托生に結びついてるから「正則構造」なんですね。そんでこれをイジるのが Teichmüller 理論で、$\mathbf{C}$ を $\mathbf{Q} _ p$ にして考えたのが $p$ 進だと。数ヶ月前に、構造の「かたさ」について親友に質問したことがあるのを思い出しました。

  • 認容される自己同型 $\operatorname{Hom}$ が大きければ大きいほど「やわらかく」なるのでは?
  • ただ相対的な話であって $\operatorname{Aut}$ の大きさのみで判定してるわけじゃなさそう。
  • 空間に計量を入れて、計量を壊すような変形(変換)をなんとなく許さない気持ちになるから「硬い」のでは?
  • 計量付き Euclid 空間の方が $\mathbf{R} ^ n _ {\operatorname{top}}$ より硬そう。
  • 微分構造はちょっとやわらかいと思う。
  • 代数構造は(直接的に幾何的なやわらかさは湧いてこないけど)スキームとかの話をしていいならスキームはかなり(非常に)硬いと思う。
  • 環構造は幾何的にみたらめちゃくちゃ硬いとしか思わない。

今見ると、たしかに納得できるような気がします。

追記. 読みながら何となく感じていたモヤモヤに対する回答を山下剛「“宇宙際” についてのFAQ」に発見しました。

Q3. たくさん宇宙を取り替るとしても、もともとそれらをすべて含むような宇宙をとってきてその宇宙で議論をすれば、宇宙を取り替える必要はないんじゃないの?

A3. 確かに論理的にはその意味では宇宙を取り替える必要はありません。けれども、任意のコンパクトな(可微分)多様体は十分大きな Euclid 空間に埋め込めますが、(可微分)多様体の定義を Euclid 空間の部分空間として定義するのは不自然です。それと同じ意味において、初めから大きい宇宙をとってくるのではなく、各スキーム論が局所的にあり宇宙を取り替えて別のスキーム論に移ると考える方が自然です。また、心理的な問題かもしれませんが、そのように大きい宇宙の中で考えることにすると、A2 でも言及した不定性を明確にしづらく、注意しないと混同しやすくなります。

たしかになぁ。