空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

Tohoku: ホモロジー代数のいくつかの点について

ホモロジー代数のいくつかの点について
Alexandre Grothendieck
(1957年3月1日 受理)

序論

第 1, 2, 4 章の大部分と第 3 章の一部は, 1955 年の春に Kansas 大学のホモロジー代数セミナーで展開されたものである. 角括弧内の番号は本論文の末尾を参照せよ.

論文の概要

本論文は, 層を係数に持つ空間のコホモロジー論 [4], [5] と加群の関手に対する導来関手の理論 [6] の間にある形式的な類似を利用して, これらを含む諸々の理論を包括的に扱うための共通する枠組みを見つけようとする試みに端を発している.

その枠組みの概略は第 1 章で述べられ, その主題は [3] と同じである. しかし, この二つの論文は 1.4 節だけを除いて重複するところはない. 特に専念したのは, アーベル圏における無限和と無限積という概念を援用することによってアーベル圏に単射的または入射的対象が “十分豊富に” 存在するための扱いやすい基準を提示することであり, さもなくば主要なホモロジー論の手法を適用することができない. さらに読者の便宜のために, 大きく紙面を割いて関手の言語についての解説を行う (1.1, 1.2, 1.3). 1.3 節ではアーベル圏への下準備として加法圏が導入され, (たとえば第 2 章でスペクトル関手を扱うための) 便利な言語が提示される.

第 2 章ではアーベル圏におけるホモロジー論の定式化の要点が概説される. [6] が刊行されたことによって, Cartan–Eilenberg の手法を修正せずに新たな枠組みに翻訳できるようになり, 非常に簡潔に説明することができた. しかしながら, 2.1 および 2.2 節は単射的または入射的対象を十分豊富に含まないアーベル圏を除外しないように書かれている. それ以降の節では分解という一般的な手法を徹底的に用いる. 2.4 および 2.5 節はさまざまな補足を含んでおり, 以降の内容を理解するためには不可欠となっている. 特に定理 2.4.1 はすでに知られている (知らずとも本論文に出てくるすべての) スペクトル系列の大部分を機械的に得る方法を与えるものである.

第 3 章では, 古典的な Leray のスペクトル系列を含む, 層を係数に持つ空間のコホモロジー論が再検討される. この解説によって [4], [15] に比べると融通が利くようになっており, 特にこの章のほとんどでは (後続の章でもそうであるが) 考察される空間の性質に何ら制限的な仮定を置くことなく重要な結果のすべてが得られているので, 抽象的な代数幾何学や “数論幾何” [15], [8] に登場する非分離空間にも理論が適用できる. R. Godement と H. Cartan の談話は理論を仕上げる上で非常に貴重なものであり, 特に Godement によって導入された脆弱層および柔軟層は多くの問題において使い勝手のよい細層の代わりになるので非常に便利であることが明らかになった. より完全な解説は R. Godement が準備中の文献 [9] で与えられるので, 本論文ではさまざまな詳細についてこれを参照する.

第 4 章では加群の層の $\operatorname{Ext}$ という非古典的な問題を扱い, 特に “大域的” な $\operatorname{Ext}$ と “局所的” な $\operatorname{Ext}$ を結び付ける有用なスペクトル系列を見出す. 第 5 章では状況がより複雑になり, そこではさらに群 $G$ が空間 $X$ に作用し, $X$ 上に与えられた環の層 $\mathbf{O}$ と, $\mathbf{O}$ 上の加群の層が考察される. 特に 5.2 節で得られる主張は, 不動点を持ちうる作用素の成す (位相を入れない) 群の空間の “Čech” コホモロジー論を決定的な形にしたものだと思われる. これは新しく関手 $H ^ n(X; G, A)$ を導入することで表現され (それ以前にも多くの個別の場合ですでに暗示されているのだが), それを極限に持ち注目すべき初項から始まる二つのスペクトル関手がこのとき見出される.

応用

紙面の都合上, 本論文では (特に 3.4 および 3.6 節で) 用いられる手法の応用がほとんど述べられなかったので, ここでいくつかを指摘するに留めよう. 次の応用に注意せよ:

a) 加群の層の $\operatorname{Ext}$ という概念により, Serre の “代数的双対定理” として知られる最も一般的な定式化を得る: $A$ を $n$ 次元非特異多様体上の代数的連接層 [15] とすると, このとき $H ^ p(X, A)$ の双対と $\operatorname{Ext} ^ {n-p} _ {\mathbf{O}}(X; A, \Omega ^ n)$ は標準的に同一視される. ここで $\mathbf{O}$ (resp. $\Omega ^ n$) は $X$ 上の正則関数の (resp. 正則 $n$ 形式の) 芽の層である.

b) 第 3, 4, 5 章で考察される定式化のすべてが抽象的な代数幾何に適用できる. その上で Serre [15] [16] [17] により示された射影多様体に関するさまざまな結果がどのように完備代数多様体へと拡張できるかを示す.

c) $H ^ n(X; G, A)$ は, 層における Steenrod の被約冪に関する一般論と, 標数 $p$ の代数幾何にも適用されるような任意の空間の対称冪のコホモロジー論の間を自然に仲立ちするものであるように思われる.

不備

乗法構造の問題は, 第 3, 4, 5 章での概念を応用する上で全く重要ではあるのだが, 本論文が長くなりすぎないよう一切触れずに済ませた. 注意すべきこととして, そもそも, 必要とされる程度の一般性と簡潔性を兼ね備えたホモロジー代数における乗法構造の満足のいく理論がまだ得られていないように思われる ([6] の第 2 章はこの状況を際立たせて説明している)*1. 層のコホモロジーにおける乗法構造については, 満足のいく考察が [9] に見出される. その他の多くの不備は自ずと読者の注意するところとなるだろう.

最後に R. Godement 氏, H. Cartan 氏, J. P. Serre 氏に対して心から感謝を申し上げる. 彼らの心遣いは本論文の執筆に不可欠な刺激であった.

目次

訳者による注意: 訳者が複数人存在するため訳語や記法の統一がまだ図られておらず, まだ草稿段階であることに注意してください.

第 1 章. アーベル圏についての一般論
第 2 章. アーベル圏におけるホモロジー代数
第 3 章. 層に係数を持つコホモロジー
第 4 章. 加群の層の $\operatorname{Ext}$
第 5 章. 作用付き空間についてのコホモロジー的な研究

参考文献

[1] M. F. Atiyah, Complex analytic connections, Trans. Amer. Math. Soc. 85 (1957), 181-207.
[2] A. Borel, Nouvelle démonstration d’un théorème de P. A. Smith, Commentarii Math. Helv. 29 (1955), 27-39.
[3] D. A. Buchsbaum, Exact categories and duality, Trans. Amer. Math. Soc. 80 (1955), 1-34.
[4] H. Cartan, Séminaire E.N.S. 1950/51.
[5] H. Cartan, Séminaire E.N.S. 1951/52.
[5] bis H. Cartan–C. Chevalley, Séminbire E.N.S. 1955/56.
[6] H. Cartan–S. Eilenberg, Homological Algebra, Princeton University Press, 1956.
[7] H. Cartan–J. P. Serre, Un théorème de finitude, C.R. Acad. Sci. Paris 237 (1953), 128-130.
[8] P. Cartier (出典不明)
[9] R. Godement, Théorie des faisceaux, 準備中.
[10] R. Godement, Cohomologie des groupes discontinus, Séminaire Bourbaki, Mars 1954.
[11] A. Grothendieck, A general theory of fibre spaces with structure sheaf, University of Kansas 1955.
[12] G. Hochschild, Group extensions of Lie groups I, Ann. of Math, 54 (1951), 96-109.
[13] G. Hochschild, Group extensions of Lie groups II, Ann. of Math, 54 (1951), 537-551.
[14] S. Maclane, Duality for groups, Bull. Amer. Math. Soc, 56 (1950), 485-516.
[15] J. P. Serre, Faisceaux algébriques cohérents, Ann. of Math., 61 (1955), 197-278.
[16] J. P. Serre, Géométrie Analytique et Géométrie Algébrique. Anna Inst. Fourier VI (1955-56), 1-42.
[17] J. P. Serre, Classes de groupes abéliens et groupes d’homotopie, Ann. of Math., 58 (1953), 258-294.
[18] J. P. Serre, Sur la cohomologie des variété algébriques, Journ. Math, pures et appl. 36 (1957), 1-16.
[19] A. Shapiro, Ann. of Math., 50 (1949), 581-586.
[20] A. Weil, Fibre spaces in Algebraic Geometry (Notes by A. Wallace), Chicago 1952.
[21] A. Weil, Généralisation des functions abéliennes, J.Math. Pures Appl. 17 (1938), 47-87.

*1:ホモロジー代数の乗法構造の一般的な定式化は, P. Cartier 氏が満足のいく形で見出したばかりであり, 彼が然るべき場所で解説を与えるだろう.