空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

WAIS-IVを受けてきた

はじめに

「自分探し」は死語です。少なくとも10代でこの語を本気で使っている人は今まで見たことがありません。では若者が自らのアイデンティティを探すことを止めたかというと、もちろんそんなわけがなく、前よりも複雑で分かりにくい形態で「自分探し」が行われています。筆者の場合は、それが WAIS-IV でした。

概論

WAIS-IV とは IQ を算出する検査で、IQ とは知能の指標の一つですが、では知能とは何でしょうか。現代の心理学や精神医学では新しい場面に適応するにあたって、これまでの経験を効果的に再構成する能力とするのが代表的な考え方になっています。ビネー式知能検査は知能が一つの統一体であると考えますが、ウェクスラー式知能検査は知能が「個人が合目的的に行動し、合理的に思考し、しかも自分の環境を効果的に処理する集合的または全体的な能力である」(the aggregate or global capacity of the individual to act purposefully, to think rationally and to deal effectively with his[/her] environment)と考え、知能を構成している要素を分析的に測定することを試みます。

ウェクスラー式知能検査は、2021年6月現在の日本では、2歳6ヶ月〜7歳3ヶ月の WPPSI-III と、5歳0ヶ月〜16歳11ヶ月の WISC-IV と、16歳0ヶ月〜90歳11ヶ月の WAIS-IV が最新版として用いられています。ちなみに WPPSI-IV が2012年に、WISC-V が2014年に発売されたのですが、日本ではまだ流通していません。WAIS-IV は2008年に発売されたものなので割と古いのですが、日本で流通し始めたのは2018年なので結構タイムラグがあるんですね。今ユタ大学での治験が行われているらしい WAIS 5 は(なぜ WAIS-V ではないのかというと、おそらく DSM-IV から DSM-5 になったのを踏襲しているのでしょう)全然出る気配がありませんが、仮に出ても日本で使えるようになるのは10年以上先の話だと考えられます。WAIS-III から WAIS-IV への変化は結構大きく、たとえば「言語性 IQ」や「動作性 IQ」といった指標が存在しないことになりました。いまだに日本語版 Wikipedia の「知能検査」や「知能」の記事では WAIS-III の枠組みに沿って記述されていますが、あれは誰か書き直さないんでしょうか。下位検査も結構変わっているので、同一人物が同時点で WAIS-III と WAIS-IV を受けても全検査 IQ は変わると思います。

このような知能検査を精神科医が実施することもありますが、普通は公認心理師(臨床心理士)が実施します。ウェクスラー式では正規分布 $N(100,\sigma ^ 2)$ を仮定して、普通は $\sigma=15$ として算出します(これを sd15 と表現します)。sd16 はビネー式でよく用いられますが、キャッテル式と呼ばれる sd24 は現在まず使われることはありません。しかしながら、当然 sd24 が一番盛れるので、テレビで IQ148 と謳われていたらそれは大体 sd24 だと考えてよく、現在の sd15 に変換すると IQ130 に相当します。「MENSA 入会に必要な IQ は148!」と謳われていたらそれは sd24 だということです。

追記. 非常に重要な事実として、sd15 の WAIS-IV では全検査 IQ を(高々)40から160までしか評価することができないので、IQ が160以上の特定の数値であると主張する場合は絶対に sd15 の WAIS-IV で検査されたものではありません。たとえばNHKのクローズアップ現代+ギフテッド特集で紹介された大西拓磨さんは「IQ 173」と紹介されていましたが、それは S.A.M Light という「ハイレンジ IQ テスト」と呼ばれるもので算出された値であって、WAIS-III では IQ 145 と測定されているようです。ご本人のツイートもご参照ください。もちろん「ハイレンジ IQ テストに科学的根拠はない!」というわけではなく、それを言い始めると「じゃあ WAIS にエビデンスってあるんですか?」となってしまうので、ここではその議論には立ち入らずに「現在の心理学や精神医学で測られている IQ はどのくらいだろうか?」という視点で書かれた記事であることをご理解いただければ幸いです……というかね、心理士や精神科医を目指していたり IQ そのものに興味のある変態だったりしない限り、精神科で「受けてみましょう」と言われなければ IQ なんて測らなくていいんですよね。もちろん何らかの生きづらさがあると感じている場合は受ける価値があるのですが、それでもやっぱり血液検査とかと似たようなところがありますから。

注意すべき重要な点は、すきえんてぃあ先生(精神科医)の次のツイート群です。

思ったけど、人々は近い知的水準で集まるから知能の上下関係が気になるんだよな。曲線を拡大すると局所で一次関数に見える、みたいな話なんだよ。IQ 150〜30 くらい全部見渡すと上下関係ではなく複雑なパターンに見えて、いっそスティグマ的感覚が吹っ飛ぶ。

そもそも IQ 自体が下位項目に分かれるからスカラーじゃない、というのもあるけど、あんまり直線上に並んでる感じがしない 様々な軸の1つが知能ってだけなんですよね、うまく定量できないだけでそれぞれ独立した「発達障害っぽさ」「統合失調症っぽさ」「不安神経症っぽさ」みたいな軸の1つに知能があって、それぞれチューニングしたら振る舞いが変わるだけの話で、この視座まで来たらあまりスティグマと感じてない 「偉人のIQはいくつか」という話がしょうもないのは確かなんだけど、もし仮に天才のIQを測ったとしてその意義が何もないわけではなく、それは天才さの指標ではなくて「専門外の分野でとっさにどれだけトラブル対応できるか」みたいな何らかの予後予測因子、あるいは随伴症状の予測因子になるんだろうな この意味では、非常に知能が高い人が引きこもったり文才がなかったりすることはあるみたいだから、(業績として定義される)天才の高IQは天才を裏付けるものではなく、ある点において社会機能の予後不良を意味する。この手の論は「IQ信奉批判」として散見するが、実はむしろIQの意義を支持している。 関連して「知能検査の値は信用できない」といった類の批判は、内科医が「CRPの値は炎症を反映しない」と語るようなもので、検査の有効性を前提として、測定誤差も考慮し、過信を防ぐための戒めに過ぎない。大切なのは全体の印象と機能、というのは内科と同じ。それでも人々は精神医学を特別視する。

そう考えると、このような主張も非常に正しいと思います。

知能がなんなのかはわからない反面、IQははっきりしているので、IQをそう定義するより、知能をIQと相関する概念と定義するほうが妥当そうに感じますね

WAIS-III の時代によく言われていたのは、言語性 IQ が100以上あるのに他が80ぐらいだと「社会上の作業や思考に著しい困難を感じているのに、外から見ると普通の人に見えてしまうので非常に生きづらい」という状況がかなり多いということです。心理士さんに話してみたら「めちゃめちゃいます」と仰っていたので、やっぱり根深い問題なんだな……と改めて実感しました。というより、IQ は基本的にそういった能力の偏りを見ることで生きづらさを分析して上手に生活できるような対処を考えるための手がかりにするという使い方をするものなんですけどね。

しかしながら、精神医学や心理学の教科書や論文を読むだけでは、こういった議論がどうしても机上の空論になってしまうように感じられます。やっぱり知能検査を実際に受けてみないと IQ や知能について(他人に押し付ける気はなく単純に自分の感情として)語る資格がないように思えて仕方なくなってしまいました。

体験記

というわけで2週間前に(保険適用外なので)4万円ほど払って受けてきました。まあ怪しげなセミナーやオンラインサロンに通うよりかはよっぽど有益なので良いということにしましょう。

当日、開始時間を間違えて2時間ほど早く着いてしまって、暇つぶしする方法もなく近くのしゃぶ葉で牛肉を食べて、胃もたれしながら受けることとなりました。特に支障はなかったのですが、自分の胃がこんなに老化していたなんて思わなかった……ということを呟いたら同級生が「めちゃめちゃわかる」と返してくれたので、一緒に老人会のメンバーを名乗ることにしました。

試験時間は2時間半ぐらいで、心理士さんとおしゃべりしながら楽しくルンルンで受けることができました。「IQ って一生変わんないかなと思ってたんですけど、これ普通に後天的に伸びますね〜」みたいな雑談をしたり、終わった後に知り合いに話して「あーそれ小学校受験っぽい」と示唆されたり、色々得るものがあったのですが、いかんせん結果が気になってドキドキが止まりません。1週間後に結果が出たと報告を受けても「心理士さんの予約がいっぱいなので……直近で取れるのは来週ですね」と言われてしまい、結局2週間焦らされて結果を受け取ることになりました。

結果

f:id:all_for_nothing:20210625153530p:plain
検査結果

「うわっ…私の言語理解、低すぎ…?」

f:id:all_for_nothing:20210625171424j:plain
下位検査

類似13か〜……でもまあ、そんなもんなのかな。小学生までは言語理解だけ酷かった思い出があるので、中学生以降の教育や努力で多少は改善したものの素の実力的にはこの程度なのかもしれませんね。でも正直、あれは何を答えればよかったのかよく分かりませんでした。

絵の完成11は仕方ないです。実際、「世界一受けたい授業」のアハ体験とかサイゼリヤの間違い探しとか全然分かりません。心理士さんも「絵の完成は、自閉症傾向のある子だと一瞬で解きますけど、別に低くても問題ないですよ〜」と仰っていましたが、たしかに ASD っぽい友達はサイゼリヤの間違い探しを割とパパッと解いちゃうよなと納得しました。

f:id:all_for_nothing:20210625172930j:plain
アドバイス

僕「なんでこんな僕のこと知ってるんですか?」
心「いやでも書くの結構苦労したんですよ、だって言うことないんで」
僕「まあでも先週 ADHD の検査が帰ってきて、DSM-5 も Hallowell–Ratey もバッチリ引っかかったんですよね。主治医は『まあ傾向がないことはないですけど……正直あなたは ADHD っぽくも ASD っぽくもないので薬を出す範疇かどうかは……』って言ってたんですけど、人生は冒険やと思ってストラテラ貰って」
心「あ、いいですね。でも ADHD の人はワーキングメモリと処理速度だけがガクッと落ちてる傾向があるんですけど、これ見る限りはその逆ですよね」
僕「まあワーキングメモリはやってる途中にハックしちゃいましたし」
心「ですよね〜、だって数唱もそのままだと7個とかなのに、逆順は8個で整列は9個ですから、なんか複雑な方が覚えやすいのかコツを掴んじゃったのかわかりませんけど」

いや、本当はこういうことです:最初はそのまんま純粋に数字を記憶から辿ろうとして7個で終わってしまったんですが、途中から「言われた数字を目の前の白いテーブルの上に立体的にイメージして映し出して、心理士が数字を言い終わったときに目の前に浮かんでいる数字を読み上げる」という視覚的な作戦と「最初の5個はゴロで覚えて残り4つをテーブルの上に載せる」という分割的な作戦を採用したらめちゃめちゃ楽になってしまったんです。

心「まあでも、私は100ぐらいなのであなたと話が合うか微妙なんですよね(笑)よく『IQ が30離れていると会話が成立しない』って言うので」
僕「たしかに普段よく話してて楽しい女の子がいて、今まで会ったどの女性よりも楽しいんですけど、その人は140近くあるらしいです」
心「IQ は賢さの指標でもありますけど、話の合う合わないの指標でもありますよね」
僕「うーむ、やはりIQ、奥が深い……今回やっぱり心理士の方ってすごいなと実感しました」
心「それは自信になります」
僕「自分探しの大事な一ピースが完成したのでありがたい限りです」
心「それはこちらも嬉しいです!」

こんな会話をしながら、やっぱり心理学も精神医学も面白いなと改めて感心した次第です。こんな自分探しの形もあるということで、本稿を締めくくらせていただくことにしましょう。