空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

『自分の「異常性」に気づかない人たち』

ようやく “ガチ” の精神科の現場を垣間見ることができるような本を発見しました。対象読者は広範にわたっているものの、著者は特に「医療福祉系の学部を志望している若者」とその親世代に対して、高地位高収入という点だけが取り沙汰される医師という職業が精神的に厳しいストレスを伴うことを知っておいてほしいとのことでした。まあでも、他職種だって精神的ストレスはかなりありますけどね。そもそも精神的ストレスがない職業って何があるんでしょう。

それはそれとして、話は大学病院(いわゆる医局)を舞台として繰り広げられています。第1章は(いわゆる妄想型の)統合失調症、第3章は罪業妄想を伴ううつ病、第4章は混合性の特徴を伴う双極性Ⅱ型障害、第5章は自己愛性パーソナリティ障害、第6章は前頭側頭型認知症、第7章は自閉スペクトラム症傾向、第8章は境界性パーソナリティ障害の症例が、プライバシーの観点から一部脚色・変更された上で紹介されています。ちなみに第2章は病識について解説したものなので、ジョン・ナッシュの例を除いて症例はありません。

この本の一番面白い箇所は次の部分です。

「心理検査でははっきりわからないんですか?」
「知識は十分過ぎるくらい持っています。ただ、あの紙芝居みたいなやつ、あの成績が今ひとつです。そこが、アスペルガー傾向の一つの証拠と言えば証拠ですね。でも、そんな人はいくらでもいますよ。特に医者にね」
「先生も、アスぺっぽいですよね。なんとなく」
「そういうことをズバッと言うところが、アスペルガーらしいと言うんです」

この本の一番深い洞察は次の部分です。

仮に認知症の患者が「自分の異常性」に対する認識、つまり病識を持ち続けたならば、どんなにつらい老後になるだろうか。自分が少しずつ日常生活に必要な機能を失い続け、家族や他人に迷惑をかけていく。それは、子どもの病気のように回復することはけっしてなく、自分らしさを失う恐怖と絶望があるのみである。認知症の人たちは、「自分の異常性」に気がつかないことも、余生を考える上で非常に大切なことではないだろうか。