空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

『自殺について 他四篇』

ショーペンハウアーには全く興味がないのですが、薄い本は大好きなので図書館で早速読んでみました。ところが冒頭で旧約聖書も新約聖書も自殺を禁じるどころか否定すらしていないと述べているのですが、そんなことはありません。新約聖書の使徒行伝 16:27-28 をご覧ください。

ἔξυπνος δὲ γενόμενος ὁ δεσμοφύλαξ καὶ ἰδὼν ἀνεῳγμένας τὰς θύρας τῆς φυλακῆς, σπασάμενος τὴν μάχαιραν ἤμελλεν ἑαυτὸν ἀναιρεῖν, νομίζων ἐκπεφευγέναι τοὺς δεσμίους.
獄吏は目をさまし、獄の戸が開いてしまっているのを見て、囚人たちが逃げ出したものと思い、つるぎを抜いて自殺しかけた。
ἐφώνησεν δὲ Παῦλος μεγάλῃ φωνῇ λέγων Μηδὲν πράξῃς σεαυτῷ κακόν, ἅπαντες γάρ ἐσμεν ἐνθάδε.
そこでパウロは大声をあげて言った、「自害してはいけない。われわれは皆ひとり残らず、ここにいる」。

それでも根拠が薄過ぎることは確かなので、聖職者や政府は自殺をなんとか頑張って禁じるわけですが、ショーペンハウアーは聖書的な根拠も哲学的な根拠もそこに見出せないことを指摘してしまい、さらに死のうとする人々に自殺罪を課すことはそもそも無意味であって、しかもそれは「自殺に失敗したこと」を罰するという解釈と表裏一体だと見抜いてしまいます。素晴らしい。

ところでヒュームも自殺についての論考を認めているのを初めて知ったのですが、どうやらショーペンハウアーの語るところによればイギリスですぐに発禁処分になってしまったようです。翻訳があるのか探したら、叢書・ウニベルシタスが『奇蹟論・迷信論・自殺論』というタイトルでちゃんと発行していました。叢書・ウニベルシタス、恐るべし……