空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

“定義文の involve”

性同一性障害(という名前はもう存在しないのですが)の分野における第一人者の針間克己氏が執筆されたこの一冊は、同性愛やトランスジェンダーと DSM や ICD の関係についての歴史的・政治的な経緯などを含めつつ性別違和・性別不合に関する概論をコンパクトにまとめた良書でした。私は6月1日に借りたのですが、あまりの面白さにその日のうちに読めてしまったのでオススメです。たしかに難点として「まずこちらの履歴書等を送ってくれとのことでした」(p. 37、の→に)や「歴史的には、欧米、キリスト教社会では、同性愛行動を、異端ないしは犯罪としてみなしてきました」(p. 47、として→と)のような不自然な文が多いことが挙げられるものの、教科書的な知識に留まらず特に DSM-5 と ICD-11 の政治的な関係もよく理解できる一冊だったので非常に満足しています。

さて、その中で引用されている英文に次のようなものがありました。

Gender dysphoria involves a conflict between a person’s physical or assigned gender and the gender with which he/she/they identify.

この involves は is のように解釈するのがよいでしょう*1。このような “定義文の involve” とでも言うべき用法が確実に存在しているのですが、ジーニアス、ランダムハウス、新英和大辞典、OED あたりの辞書には明確な記述が見当たりませんし、英文法書や学習参考書にもこのような話が載っているのを見たことがありません。しかしながら、ちゃんと「定義文に用いられる動詞 involve について」(doi: 10.15057/28427) という論文で指摘されているのです。自分が初めてこの論文を発見してから数年経っても辞書にすら載っていないようなので少し悲しくなりましたが(推しが注目されない悲しさ?)。

ところで、この定義文の involve の用法を初めて知ったのは自分が中学生のときで、それはたしかスタディサプリの「高3 ハイ&スタンダードレベル英語<英単語補充編>第3講 「肝心な意味」が無視されている表現」という講座でした(……はずですが、もう大昔のことなのでここの事実関係の責任は取れません)。手元にあるメモでは「be / mean / involve / include / show / represent / refer to」がそのグループとして扱われているようですが、他にも consist of/in や be about がこの仲間にもなりえます:

englishgrammarandusage.hatenablog.com

この記事の

前置詞の of は部分と全体の関係を表す、などとよく言われるが、その部分がどんどん大きくなればいずれ全体に一致する。of には同格というイコール関係を表す用法がかなり発達しているが、それも無関係ではない気がする(気がするだけ)。

という指摘は本質的でしょう。

ちなみに私も一言付け加えておきますと、以上の考察とは全く別に、involve が「必然性」という様相を持っていることも大事な役割を果たしていると感じます。どう関連しているのかは思いついたらどこかに書くことにします。

*1:DSM-5 には Gender dysphoria refers to the distress that may accompany the incongruence between one's experienced or expressed gender and one's assigned gender. とあり、100%絶対に is とは言い切れないかもしれないことが判明しましたが、少なくとも従来の involve の語義には収まらない面があることは確かです。