空論上の砂、楼閣上の机。

The Castle of Indolence

Locke から見る to 不定詞の massive pied-piping

追記

識者から「choose A to do …するためにAを選ぶ」という構造から I choose that to walk in. → I choose that to walk in [which seems...]. という関係詞節の外置が起こっていると指摘を受け、意味からしてもその方が圧倒的に自然だと判断し、以下の解釈を撤回することにした。統語論的ではなく意味論的に選んだだけであって、massive pied-piping 自体は文法上は可能な読みである。


この文はどうにも物議を醸したようで、一番尤もらしい意見は I choose what seems to be the straightest and cleanest to walk in. という tough 構文を想定するものだった。おそらく母語話者の方も(あまり近代英語に慣れていないのだろうから)こちらを根強く主張していたようだった。なお、

literature8language.blogspot.com

のように「to walk in が挿入された」と、率直に言えば訳の分からない意味不明な説明をする方も見受けられた。ちなみに原文は Vel inter varios, qui ejusdem viae sunt et eodem tendentis, calles eum seligo qui minime sinuosus caenosusve apparet? なのだが、これを見たところで問題の文の構造について議論が特に深まるかというとそういうわけではない。

余談なのだが、英語の授業で「He is as he was. のような文は He is (as 形容詞/副詞) as he was. という文が想定されていて、as 形容詞/副詞 を省略したんですよ」という大嘘が述べられてビックリした思い出がある。ある言語現象の説明のためにアドホックで不自然な規則を作り出してしまうぐらいなら「こういう慣用表現がある」で済ませるべきだろう、と日々見ていて思うのだが、どうだろうか。

さて、まず tough 構文の線が切れないのは確かだが、それならわざわざこんな構文にしなくて済むはずであるから、話者(筆者)がそう想定しているとは考えにくい。これはやはり massive pied-piping であると考えて良いだろう。とはいえども、実は僕自身、さすがに to 不定詞による massive pied-piping はなかなかお目にかかったことはなく、次のツイートぐらいしかよく知らなかった:

これはまさに to 不定詞による massive pied-piping が起こる前の元段階の文に他ならない。ここで "whom to know" で調べてみたらどうだろうか、と思い調べてみたら、見事にヒットした:"...Him, whom to know is life eternal." のように使われているのだ。当然これも to 不定詞による massive pied-piping が起こる前の元段階の文である。

参考. And this is life eternall, that they might know thee the onely true God, and Iesus Christ whom thou hast sent. (KJV, 1611)「永遠の命とは、唯一の、まことの神でいますあなたと、また、あなたがつかわされたイエス・キリストとを知ることであります。」

他にも

Q16) 予備校のテキストです。

He knew everyone ( ) to know was an honor.

(1)whose(2)why(3)whom(4)of which

マニュアルの答えは(3)whomですが、このような関係代名詞の使い方は見たことがありません。どうやって説明したらよいのでしょう?


A)〔中略〕ただし、イギリス人のnative speakerに聞きましたら、He knew everyone whom it was an honor to know.の方がふつうの言い方だという返事をもらい、なるほどと思いました。

 また、今回googleで検索すると、これはイギリスの小説家Anthony Trollope(1815-1882)の小説The Warden(1855)からとられていることがわかりました。またそれ以外では出てこないのです。日本で言うと江戸時代末期の文章なので、これを入試の文法問題で使うことは問題ありだと思います。なお、原文を添付します。


He knew everyone whom to know was an honour, but he was without a friend; he wanted none, however, and knew not the meaning of the word in other than its parliamentary sense.

という記事を発見できた。いやあこれは素晴らしい。

というわけで、元の想定文がちゃんと正しい英文になっているから、この程度の pied-piping は当然許容されて然るべきなので、より一層 tough 構文の読みは不自然に思えるようになった。この世に不必要な変形は有り得ないのである。